蛇谷 りえ / JATANI RIE

穏やか

彼女はだいたいにして穏やかな空気を持っていたけど、ベッドの上でも、ちょこんと姿勢よく座って穏やかに話をつづける。彼女の口からこぼれる小さい声がよく聞こえないので、テレビの電源を消して、耳を傾ける。今はストレスがないと何度もいう。ただあるとすれば、栄養士さんにリクエストしているポテトサラダが一向に運ばれてこないことだ。ポテトサラダが食べたいのに。と心から残念がっていたので笑ってしまった。プレゼントした慌てて印刷したボケた写真には、初めて出会ったときの集合写真で、当時のみんなの顔をみて、めっちゃ若いわ。とそれもまた、目をまん丸にさせてびっくりしていて、彼女のときおり見せる、こどもみたいな、あどけない表情が懐かしく思えた。ある質問を一つだけすると、彼女は私は好きなことをなんでも話すからね、と過去の話は過去の話よ、と言わんばかりにさらりと流し、これから変化が起こりそうな町の人たちの話をし始めた。それは、「地域」とか「コミュニティ」とか、ひとくくりにしたものの捉え方ではなくて、一人一人、例をあげて話を進めた。彼女の目の前には、人しかいなかったんだと思う。どこから来たどんな人だろうと関係なく、目の前にいる人をどう見守って、にょきにょきと伸びていくあらゆる枝をちょんぎらないように、そこにお花が咲きそうであれば、活かせるように応援する。お花をやってきた彼女らしい姿勢。病室に運ばれたごはんに、食べないけど、こうして並んでるとかわいいでしょ。と愛でる。中学高校のおともだちがたくさん会いにきてくれて、とても嬉しい。と喜ぶ。4年ぐらい前におばあちゃんの最期にお見舞いにいったときと比べて、全然空気がちがっていて、こんなにも違いのあるのか、と今パソコンの前では感心するけど、彼女の前では、わけのわからない気持ちが溢れて、ただただ涙を流してた。彼女がやってきた振る舞いを少しずつでもいいから、私もやれるようになりたいと思った。昔がむしゃらに写真を撮ってたときのことを思い出したけど、やっぱり写真は好きだと思った。

2016年01月29日 BLOG