蛇谷 りえ / JATANI RIE

カタルシス

ずっと昔のことのように思えるある日、たみのカフェに友達が一人の男を連れてきた。青白い顔した笑顔からのぞく歯がきれいな彼の第一印象は不自然だった。彼はシェアハウスの入居を希望していて、連れてきた友達は彼を信頼してるようすだし、たみも汚い状況だったし、こんな場所でよければと伝え、シェアハウスの住人として受け入れた。そのときのたみはまだ掃除が行き届いてない状況で、薄暗い一番奥の部屋を案内した。きっと彼にとっては狭いし汚いし寒いし最悪の環境だったと思うが、彼はいやな顔一つせず、二つ返事で住むことを決めた。その後も会話をいくつかするが、まだ不自然さが続いていたので、たみに来る前に一度連絡をくださいと伝えたら、約束通り、しかも律儀めに連絡をくれ、予定通り鳥取に移住してきた。移住してきた初日、私はその場に居なかったけれど、バイクで東京から鳥取まで来て、たみの扉をゴールテープかのように開け、三宅くんに抱きつくように喜んだようすだったらしい。入居した初日から、たみでは大きなイベントがあって20人がうごめき、その後も毎晩ゲストハウスのゲストとの交流が続いたりと洗礼を受けつつも、彼は必死にしがみつき、昼間は気分転換か、なにかを探すように、バイクで一人鳥取中を走っていた。今にでも事故死しそうな刹那さを背中に抱く彼に、私のデジカメを貸して、一日どこにいったか教えてよ、とか言ってみたけど、その後、彼は使うことはなかった。暮らし始めて1ヶ月、2ヶ月経っても、観光客の気分だ。とそわそわしてる彼に、そのうち慣れるよ。と返事をした。住人歓迎会のときか、いつだったか、彼はB’zが好きであること、鳥取にきた理由、これまでの生い立ちなどを知り、抱きしめたくなるほど、やばいやつが来たと住人みんなで喜んだ。NOが言えなくて、ご近所さんとごたごたしたときは、「NOを言えるようになろうね」と言葉をおくったりもした。いつの間にか、彼はたみの中で彼らしく過ごせるようになり、観光客じゃなくなって、あちこち出かけて、イベントに参加してみたり、お買い物をしたり、料理を学んだり、興味のあるものや人などに近づいた。彼にとっては、初めて世界に接したような体験だったのだと思う。どこに行っても楽しそうに目をきらきらさせてた。彼はたみでも、たみ以外でも人一倍空気を読むし、自分の気持ちを置いといて、状況でベストな選択をする。きっと世界に対して自分の気持ちと推し量りがうまくできてなかった。だから、あとになって自分の気持ちを隠せなくなったりして、それが相手を傷つけることもあった。でも、そういうB塚の態度はたみの住人みんながどこかで持ってる問題であることもわかっていたから、私たちは彼を全力で受け入れた。

しばらく経って、たみを卒業して、たみのすぐ近くに引っ越しした。たみのリビングのソファに寝転がって、テレビモニターでB’zのライブDVDを見て大声で歌うのが好きだった彼に、テレビモニターとCDラジカセを貸してあげた。鳥取で経験したすべての物事や人の関わりは最小限にして、静かに彼の興味のあることだけを大事にして一人で暮らしていた。そのときにどんなことがあって、何を考えていたのか、私にはわからない。わかることは、「たみに来た人は、なにかを自分でやる人が多いのに、おれはなんにも成せずに旅立つことになるよ。」と言っていて。私は「いちいちなにかをする必要はないし、なんにもしないのも今後のこの町に来た人にとって心強いことだよ。」と言葉を返した。お店も就職もなんにもせずに、ただ独りで自分と向き合って生きている彼の態度は私の一部だったし、たみの住人の一部だった。

そんな彼が鳥取を今日旅立った。彼に貸したテレビモニターが久しぶりにたみのリビングに戻っていて、新鮮に思えたと同時に、B’zの曲とそれを大声で歌ってるB塚の姿が一瞬見えてしまった。

2015年05月17日 BLOG