蛇谷 りえ / JATANI RIE

5年前、4年前、3年前

突然、5年前に新潟でグループ展に参加したときに埋めたタイムカプセルを掘り起こすので来て下さいというお誘いがあった。そのあと、4年前に大阪のウツボ公園でやったパフォーマンスのことを紹介してもいいかい?と連絡があった。さらにそのあと、3年前に大阪でお手伝いした写真家の上映会を今年は大阪の別の場所でやるよーとお知らせがあった。全部ここ数週間の話で、それぞれの時間を思い起こしたりした。さらに今日は高校時代の友人の結婚パーティで昔の写真をひっぱりだしてたから、それはもう12年近く前のことだったりする。

一時期、この一瞬一瞬を捕まえないと!(死んでしまう!)と言わんばかりに、写真を撮ってたときがあって、だけど写真じゃ「こぼれてるなあ」と思って、写真を撮るのをやめたけど。あのときからスタートして、自分が写真を撮ること以外のやってきた出来事の続きが、時間を経てもう一度出会うことができるっていうのは、なんだか有意義なみるっていう行為でいいなあと、感動した。これはただ懐かしんでいるわけでなく、私があのとき、「こぼれてる」と思ってたものをみることができているようで。

専門学生のとき、進路相談のときかなにかで、高校の先生に何気なく相談したら「なんでもいいから、カタチを残していくようにするといいよ」と言われたことを思い出した。椎名勇仁さんが「震災を経験して、カタチのある作品をなるべくつくるようにしようと決めた」という言葉を思い出した。

私の場合、自分ひとりの人生の中で、仕事や作品制作やなにかアクションをすることで、いろんな人と関わってソレを目撃してきた。でも、まとめるとその立ち上がった像や関係がそこで終わってしまいそうで怖くてまとめることを避けてきたけれど、それでも、こうやって断片的な記録を通じて、だれかとあのときをもう一度出会うことができていて、これは「まとまり」とは違う「出会い方」な気がした。懐かしむっていうよりも、見るって行為のもうひとつの方法なように思う。

みんなが「今」に立ち会っていて、それからそれぞれがなんとかすくすくと成長して、あのときを「見る」。あのときがすごく力強い足あとや素朴で弱々しい足あとだったとしても、ここから見える足あとは、その後の自分の生活での小さい変化と大きな変革を知ることができて、ここからどうしていくか考える事もできて、なんだかYESといいたくなる。

2012年10月20日 BLOG