蛇谷 りえ / JATANI RIE

やることについて

何かをやろうとしていると、これはこうした方がいい、これはどういう意味ですか?といろいろ横やりが入ることがあるんだけど、あれがなんともめんどうそうだなーと最近思ってる。自分自身にも、たまにやっちゃうし、経験もあるんだけど。

もちろん、いっしょに参加して共にやるんだったら話は別なんだけど、やろうとしてることを、周りにいる人がやる前に止めたり、確認するのはやめたい。その人の表現を邪魔してしまうから。もしくは、その人の表現をやりにくくするような説明も避けたい。自分がされたら嫌だから。あー、そうか、最近周りに人が多いから、嫌になってきてるのかもしれない。名前を出すのも嫌だったんだよね。見知らぬ人に自分を説明するのも嫌だ。知らないなら、それでいいやん。ここから始めたらいい。

誰もに説明してわかってもらいたいわけじゃない。私はここで何かを思って感じてなんかをやってて、そこで出会っただけなのにさ、私が何者なのか説明が必要なのか、と疑問がある。

ちびっこたちはもっと大変で、こちらの都合で思いついたことを、思いついただけやのに、制限されたりする。もしくは、こうした方がいい、とか、どういう意味?とか、いろいろ聞かれるわけで。そんなんまだやってないからわからんし、言葉になってないときかもしれないし。という、この状況が辛いなあと見てて思う。

でも、そういうのがあるから回ってる世界であることもわかってるから、そのしがらみみたいなんから反抗したり、それを踏まえてやってりするんやけど、ここ数日それが続いてなんか疲れてしまったな。もっと、思うように動きたい。その思うようにが通じるように、もっと力が欲しい。やれることしかできないし、命さえあれば、やれることなんて山ほどある。でもやれることをするんやったら、とことんやれることだけしてたい。

2011年10月18日 BLOG