周りの目
周りの目というのが、会話の中で出てくると「環境」「管理」「社会」「地域」などが思い浮かぶ、その周りの目というものを気にしても仕方がないこともあるので、自分の意見をすぐさまはっきり言う人もいれば、まわりくどーく、周りの目を気にしながらも、最後の最後に自分の意見を出す人もいて、私はどちらかというと、後者だろう。と最近つくづく思っている。こういう自分に対して、好まない人もいるだろうけど、こういう性格になった過程を思い返すと、どうにもこうにもこうなったんだし、今の自分を考えると、それなりの方法で生きてるし、まあいいっか。と開き直っている。
それでも、ここ数年は、「周りの目を気にしないと」と、しないといけない感覚に陥ることは大分減った。周りの目が指している、実態って実はとっても曖昧なものだし、不安定なものだから、それは別に気にしないといけないわけではないんじゃない?、と冷静な感情がある。もちろん、対象ってものがあるので、そこは忘れちゃいけないのだけれど。でも、その上で自分がどうしたいか考えるしかないなあ。と、やはり遠回りして、最後に自分の輪郭を触っている。自分ってものは、それぐらいの端っこの端っこにあるものだと思ってるし、でも、その端っこからの自由な振る舞いがあることは根拠もなく知ってる。だから、いまはぐっと辛抱して、端っこの端っこでスーパーアイデアを待ってる。
2013年01月23日 BLOG