蛇谷 りえ / JATANI RIE

審美眼

お笑いの話を相変わらず、続けていると、まっちゃんのすごいのは、どんなときも自分が客になって笑えてることやんね、という声があって、なるほど納得。人前で、話をする回数が増えたので、そのときそのとき意識しながら挑んではみているが、この間やったプレゼンテーションが、語りすぎて、自分ではずかしくなっちゃって、へんな感じだった。はずかしくなるって、変な感じだ。

最近、自分が着ている服について考えていて、自分を自分で鏡みてチェックするようにしている。チェックしてるだけで、特別な好き嫌いはまだ生じてない段階。着ている服については、はずかしく思うことって今のところないんだけど、(うそ、たまにあるな。)それに似てる。自分を遠くから見て、観察してみてる。私は自分のことをあまり気にしたことない、むしろ周りが美しくあってほしい欲求が強いので、周りのことばっかやってきたけれど、自分のことからできることってあるなーと思って、最近、自分のことをよく考えてる。暇なんだろうか。なんかでも、周りのことを頑張りすぎてる自分がちょっとイヤになってきたんだ。周りのことを頑張って頑張って頑張り抜くよりも、もうちょっと自分を含めた全体のバランスがとれるようになりたい、と思えるようになった、というか。

好きとか嫌いとかは、二極化することは本当にどうでもいい。って思っている。生活だってどうでもいい。そこは勝手にどうにでもなるから。そういう自分の延長戦上にあるねっとりをまとわりついたものじゃなくて、自分とは切り離された対象の中で、自分が何を好み、それはどんな現れなのかに今は興味ある。そのカタチってどんなものかなーと思っていて。なんか、そこがわかったら、たみでやってるイベントはできるだけ全部、私が一番の客であるように再現できるんじゃないかな。芸人みたいに、自分の審美眼をみがけば、自分だけが知ってる楽しみを、妥協すんじゃなくて、見せる方法が考えられると思う。これまでと違った作業をしている気持ち。これはなんだろう。

2015年02月08日 BLOG